少年犯罪、テレクラ、援助交際

子どもの世界と権利条約(第2回)  文/渋井哲也(フリーライター)

 少年法改正問題が今国会で論議されようとしています。みなさんもご存知でしょう。きっかけとなったのは、みなさんご存知のように神戸連続児童殺傷事件でしたね。
 神戸事件では、逮捕されたのが中学2年生だったことで話題を呼びました。私はこの少年の逮捕を、当日の夜、東京都内のホテルの新聞で知ったのでした。でも、この事件の犯行が彼によって、すくなくとも彼一人でできるのか、という疑いを今でもっています。

 さて、今回の少年法改正の形式的な論点は厳罰主義です。刑罰の適用年齢の引き下げや検察官の立ち会い、身柄拘束の延長、検察官の抗告権付与などですね。逮捕された少年を成人並みの裁判を行うことにしよう、というのがねらいです。この根拠は、少年犯罪は戦後「第3のピ−ク」を迎えていると言われていることがあり、少年犯罪の凶悪化、低年齢化を挙げています。

 そもそもこの根拠が成り立つのでしょうか。
 手元にあるデ−タ(司法統計の抜粋)では、殺人や強盗などのいわゆる「凶悪事件」は96年には殺人52件、強盗1315件だったのに対し、97年には殺人45件、強盗1917件で、殺人は減少したが、強盗は600件ほど増加してきています。少年による凶悪事件の1000人あたりの発生率は0.17(96年)から、0.25(97年)と若干増加しています。この数字だけ見て「凶悪化」と言えなくもないです。が、66年当時の0.55よりは半数以下で、ここ数年の変動をどうとらえるかで、立場が変わるようです。
 私から言わせれば、政府自民党はつねに少年法改正を狙ってきていて、たまたまのタイミング(神戸事件や少年犯罪被害者の会の設立などを背景に)として出てきた問題と思っています。

 一方で、今年はテレコミ犯罪で幕をあけました。伝言ダイヤルを使った昏睡強盗事件や、インタ−ネットの掲示板での脅迫事件などがありました。
 ここ数年のテレクラやツ−ショット、伝言ダイヤルを使った「援助交際」や「麻薬の普及」が、社会の底辺に広がりつつある、という危機感。この思いから、「心の教育」を叫ばしています。しかしながら、高校生の援助交際の相手が教師だったり、僧侶だったりしている現状を当の高校生たちが知っているわけです。そのため、「心の教育」はむなしく響くだけです。

 でも子どもたちがテレクラを好きになってしまうのには理由があります。アニメ「Lain」ではネットワ−ク上の世界こそ現実感がある、というようなスト−リ-が展開されています。まさに、現実に、自分にリアリティを十分に感じられないのではないでしょうか?

 このような現状で、全国で唯一テレクラ規制条例も青少年健全育成条例もない長野県が動きました。ついにテレクラ規制条例を制定しようとしています。当局はこれで9割方の営業ができなくなることを見込んでいます。しかし現実を見てください。例の昏睡強盗事件は規制条例がある神奈川県で起きたんでしょ!
 また援助交際は条例があろうとなかろうとどの地域でも起きています。長野県当局のみなさん、あなた方は援助交際などをなくしたいのではなく、単に取り締まりたいだけなんじゃないですか?
 しかも、テレクラの規制の中で未成年を対象にした条項もあります。いいですか、援助交際は未成年だけの問題じゃなんですよ。OLだって主婦だってしているんだから。こういう実態を知っているのですか?

 少年法改正や、テレクラ規制=援助交際の撲滅(?)を志向する背景には共通のものが感じられます。「モラル・倫理観の強化」の名の元の、警察国家的な発想、子どもたちは取り締まりの対象というような「子ども危険思想」ともいうべきものです。
 「ほっておいたら、子どもたちは危険なんだ」という大人たちの恐怖感です。とくに現秩序=現体制をよしとする人にとっては怖いのでしょうね。
 しかし、これで子どもたちが「聖人君主」のような存在になると思っているのでしょうか。
 「大人の身勝手」なル−ルの押しつけは、かえって子どもたちを大人から遠ざけるだけではないでしょうか? 
 逆に、日本の少年司法システムは代用監獄をはじめとして国際準則を無視した手続きで、えん罪の可能性が指摘されているのです。前回のコラムでも取り上げたカ−プさんは、さらに(このような)少年法改正は子どもの権利条約違反」と断言していました。
 いったい、だれがル−ルを無視しているのですか?
 そんな人たちを子どもたちが信用できますか?