その1 たった二日間の父親('88/6/17〜6/21)

6.17(金) 1:40am

 1998年6月16日。木曜日。午後9時13分
 長男誕生・・・・。祐太、ってつけようか・・・・。
 寝顔が可愛い。
 何を書こう・・・・。
 ようこそ、僕らの世界へ、おチビさん・・・・。
 ついにオヤジになったのか・・・・。
 オヤスミ・・・・。

6.17(金) 11:55pm
 丸一日たって祐太を見ると、昨日よりもずいぶん頭のとんがりが消えた。
 それにしても、アイツはずいぶんと毛深い!!
 初めてこの腕の中に子どもを抱いた。
 ずっと眠っているだけみたいだが、なんともおっかないもの。
 いつまで見ていても飽きない。
 あれは僕と佳子の子どもだと思うと、祐太を間に、初めて一つのものになれたような気がする。

6.18(土) 11:42pm
 祐太が手術を受けた。脳に出血があったということ。
 順天堂の手術室の外で待っている間のつらさ・・・・。
 あんな小さな姿で、泣き声もあげられないで手術を受けないといけないだなんて・・・・。
 あの小さな姿を思い浮かべる度に涙が出てくる・・・・。一人になってこうしているとたまらなくつらい、泣きたい。
 でも、僕以上に佳子の方がつらいはずだから、絶対に踏ん張らないと。佳子の前では明るくしないと・・・・。
 あんなチビすけが・・・・・。何が悪かったというのか・・・・。
 何か悪いことをしたというのか・・・・。
 ・・・・・・・
 ただ、ただ、無事に育って欲しい!元気に大きくなって欲しい!

6.19(日) 10:54am
 手術後24時間が経過。一応は順調だという。
 生まれた次の日、マタニティクリニックで、夜遅く、初めて祐太を抱いた。
 佳子と二人で顔をのぞき込んで、「少しは泣くようになった・・・・?」「時々ピクピクってなるのよ」などと話しながら、ホッペタをつついたり、足をくすぐったり・・・・。
 最高に幸せな「時」だった。
 あんな風に、この手にチビを抱いて佳子と二人で、飽きることもなく、ずっと見続ける、そんな時がもう一度来るのだろうか。
 他の赤ちゃんと同じように、元気に泣き声をあげる姿を見られるのだろうか。他の母親と同じように、佳子の母乳を祐太が飲むことができるのだろうか。そんな姿を僕はカメラにとったり、ビデオに撮ることができるだろうか・・・・?
 早く佳子が退院してきて欲しい・・・・。一緒にそばにいてあげたい。
 出産後、たった二日で子どもを取り上げられて、どんなにつらく寂しい思いをしていることだろうか・・・・。
 早く元気になってこい!そしてこの家で僕と佳子と祐太の三人で一緒に生活をしたい。
 明日になったら、人工呼吸器を取り外して自分で呼吸をさせるといっていた。次は、手術をしたところが出血していないかどうか心配だ、と言う。

 とにかく、今、僕は電話の音がする度にドキッとする。
 もしかしたら順天堂病院からでは・・・・、と言う思いが頭をかすめ、どうしても声がこわばってしまう。
 「最悪の時は仕方がないんだヨ」
 なんて、佳子の前では笑いながら言っていても、いざ、そうなったら、冷静でなんかいられない。そう考えただけでも涙が出てくる。
 あの新生児センターの中にいる、30数人の赤ん坊・・・・。たとえどんなにいたって、祐太は祐太。僕らの子どもはあいつしかいないんだから・・・・。
 病院に行くのが本当にこわい・・・・。

6.20(月) 11:35pm
 祐太から人工呼吸器が外れた。でも、今日は外から祐太を見ることしかできなかった。
 看護婦さんが気を利かせてモニターテレビに映してくれた。おでこの周りにある手術の後が、何とも痛々しい。佳子にはあまり見せたくない光景だと思う。

 今日、久々に鼻歌を歌っている自分に気がついた。カーステレオから流れる音楽も単なる雑音にしか過ぎなかった、ここ一日二日。少しは余裕が出てきたのかなぁ・・・・・。
 でも、やはり夜になると悪いことばかり考える。
 早く佳子に祐太を抱かせてやりたい・・・・。佳子の腕の中で眠る祐太を、佳子のオッパイをウクンウクンと飲む祐太を見たい。
 そんな佳子と祐太の姿を見守っている自分になりたい・・・・。

6.21(火) 11:07pm
 オヤジとお袋が帰って、また、一人の夜となった。
 明日はいよいよ佳子が帰ってくる。祐太と一緒でないのが何とも言えず寂しいが、それは無い物ねだりと言うものだろう・・・・。

 今日、順天堂に佳子を連れていった。
 ”変わり果てた祐太”の姿と、この先の痙攣、障害といったものが、初めて現実のものとして意識して、相当なショックだったんだろう。

 オヤジが「命名、祐太」と書いていった。

 夜、姉貴から電話があった。姉貴の声を聞きながら、思わず涙が出そうになった。

 何かにつけて不安が頭をよぎる。いくら、「苦しみと面と向かうしかない」とわかっていても、だからといって苦しみがなくなるわけではない。やはり、どうしようもなくつらいものはつらい。

 大場川の土手を車で通る度に、親子三人でここを歩く姿を思い浮かべる。
 子連れのママ、パパ会う度、ベッドに寝ている祐太の姿が浮かぶ。
 「大丈夫だって!」
 そう佳子に言ってはみても、それは当の僕がそう信じたいからこそ・・・・。
 明日もう一度、CTをとって頭の様子を見るそうだ。
 こわい! もし、出血しているようなことがあったら・・・・。
 そう思うと病院に行くのがこわくなる。

 どうか、どうか異常がありませんように・・・・・。
 でも、何はともあれ、明日になれば佳子が帰ってくる。一緒にいてあげられるだけでも嬉しい。だからこそ、明るくならなくっちゃ。だから、もっともっと、強くならなくっちゃ・・・・。

 神様、お願いします。
 祐太が無事、元気に育ちますように!!
 一日も早く二人の手元に戻ってこれますように!!